コーチングは一期一会
「コーチングは一期一会なのよ」コーチ・エィに入社したての頃、社内でコーチングを受けていた時にコーチから言われた言葉ですが、今でも印象に残っています。「一期」とは仏教語で「一生涯」を表し、「一会」は「ただ一度の出会い」を意味します。「一期一会」は茶道の心得を表した言葉で、お茶会に臨む際には、全く同じものを繰り返すことはできないので、常に人生で一度きりと心得て、相手に対して精一杯の誠意をつくしましょう、という意味があります。つまり、「一期一会」とは、旅先などでの一度きりの出会いのことを指すのではなく、たとえ毎日顔を合わせている家族や友人、仕事の仲間でも、「その日その時の出会いは一生に一度だけである」というのが本来の意味のようです。そのベテランコーチは、「これから何回かコーチング・セッションはあるけれど、今この瞬間の私たち二人でしか生まれない問いを一緒につくりましょう」と言ってくれました。そのセッションの最後に一緒に創り出した問いを二人で振り返りましたが、その時間やその問いがとても大切なものに感じられました。国際コーチング連盟(ICF)の定めるコーチのコア・コンピテンシーに、「今ここに在り続ける」という項目があります。つまり、一期一会のいう、一度きりしかない「今ここの瞬間を大事にする」という考え方は、コーチングにおいても、とても大切な概念なのです。「今ここ」を扱う、とは、具体的に、どういうことなのでしょうか?
「ゾーン」という言葉があります。たとえば、アスリートが「ゾーンに入る」といった表現を使うのを耳にしたことがあるのではないでしょうか。コーチングでも「ゾーンに入った」と思う瞬間があります。その時は「次にどんな問いをしようか」とか、「残り時間でここまで進めないと」といった余計なことは一切考えずに、ただ「今ここ」で感じることに集中する。クライアントと共通の問いに対して対話を重ね、二人の間に新しい考えが生まれる、そんな一種の高揚感を感じます。頭で考えているだけではない、「体験」が起こります。このときのクライアントとの関係性に着目すると、「あなた」と「私」ではなく、二人で一緒に場を創り出す「私たち」の関係になっていると感じます。コーチになりたての頃、前職の上司にコーチングしていたことがあります。前職時代に大変お世話になった上司なので、その上司のコーチになるのは、私にとってチャレンジでした。実際に、最初はなかなかうまくいきませんでした。コーチングということで、上司は「気づき」のある質問を期待していましたし、私もなんとか「気づき」のある質問をしなくてはと、必死に問いを考えながらセッションをしていました。そんなセッションが何度か続いた後、あるセッションで、私は意を決して上司に言いました。「ここまでのコーチングはうまくいっていないと感じている。私がどんな質問をするのだろうと評価されている感じがする。あなたはどう感じているか? どうしたらもっとよい場にできるのかを一緒に考えたい」そのセッションは、上司が「自分の目指したいことや、自分が何を大事にしているのかについて、次までに改めて考えてくる」と言って終わりました。そして、コーチングをお互いにとって価値のある場にしたいという私の真剣さが伝わり、次のセッションで「自分自身も真剣になった」と話してくれました。そのタイミングをきっかけに、「評価する」「評価される」という「あなた」と「私」の関係性から「私たち」の関係になったのだと思います。