米政府は年間350億ドル(約3兆8400億円)規模の無線通信機器業界を一変させ、新たな競争の時代をもたらした。米企業にとって、数年前に撤退した業界に再参入するチャンスが訪れている。
調査会社デローログループによると、過去5年に無線機器市場の売上高で20%を超えるシェアを獲得した企業は中国の華為技術(ファーウェイ)、スウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキアだけだ。その他の競合は10%のシェアさえ安定して獲得できていない。
しかし、そうした状況が変わりつつある。デローログループによると、サイバーセキュリティー上の懸念からファーウェイを締め出そうとする米国の取り組みに促され、世界の無線通信機器業界の6割以上を占める国々がファーウェイに対する制限措置を検討しているか、既に実施している。米国や英国、欧州連合(EU)政府はその隙を突き、国内の無線通信機器メーカーに資金などの支援策を提供し、既存3社の牙城崩しを後押ししようとしている。
その結果、1990年代をほうふつとさせる新たな競争市場が生まれている。90年代はルーセントやモトローラ、ノーテル、シーメンス、アルカテルといった往年の業界の巨人たちが、成長著しい通信機器市場のシェアを奪い合っていた。
「西部開拓時代のような雰囲気だ」。ノキアとファーウェイの幹部を歴任し、現在は第5世代移動通信システム(5G)関連企業JMAワイヤレスに勤務するビル・プラマー氏はこう話す。「このようなワイヤレス市場のダイナミックで活気に満ちた競争環境を目にするのは、恐らくドットコムバブル崩壊の直前以来だ」
こうした新しい環境は、ファーウェイ、エリクソン、ノキアを除く全関係者に恩恵をもたらす可能性がある。多くの競合他社には、ほんの2、3年前は手が届かないと思われていたビジネスを獲得するチャンスがもたらされる。また、新たな競争過熱で無線通信事業者のイノベーション(技術革新)とコスト削減が促され、節約されたコストとイノベーションの成果は顧客に還元される可能性がある。
さらに米当局者は、5G技術の開発で中国の影響力に対抗する米国の取り組みにとって、こうした新たな競争環境が極めて重要だと話す。5Gは、自動化された工場や心拍数モニターをはじめ、さまざまな産業や製品において、あらゆる未来の技術の構成要素となる次世代無線技術だ。5Gを制する国が、数年後に利益と人材面でテクノロジー業界をリードする上で好位置につけることになる。
先制攻撃
一部の通信事業者は、韓国の大手スマートフォンメーカー、サムスン電子に頼り始めている。サムスンは無線インフラ業界では比較的新参だ。2020年の時点では3大メーカーと中国の中興通訊(ZTE)に次ぐ第5位だったが、昨年、大きな勝利を手にした。米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズがサプライヤーをノキアからサムスンにくら替えしたのだ。
しかし、競争秩序を揺るがす可能性が最も高いのは、オープンスタンダードのソフトウエアを使用した5G機器購入の可能性だ。
その理由を理解するには、携帯電話に信号を送信する通信機器を考えてみればいい。その通信機器はアンテナ、アンテナ柱のアンテナの真下に設置されるハードウエア、柱の土台に置かれたハードウエアの三つで構成されている。ファーウェイ、エリクソン、ノキアの3社は現在、この三つを抱き合わせ販売しており、それらは相互運用性がない。例えば、ファーウェイのアンテナの下にエリクソンの電子機器を設置しても機能しない。
いわば、デルのモニターとプリンターしか互換性のないデルのノートパソコンを購入するようなものだ。これは、価格、品質、機能面で顧客の選択肢が限られるということだ。
そこで登場したのが、オープンスタンダードに基づく新技術「オープンRAN(無線アクセスネットワーク)」だ。この規格に基づく機器を使用すれば、無線通信事業者はアンテナにさまざまなアンテナ下ハードウエアや集約基地局機器を組み合わせることができる。そうなれば、通信事業者にとって、コストや品質面で選択肢が増える。
このオープンソフトウエアの取り組みの主な支援者に名を連ねているのが米政府で、これは米国の国家安全保障と企業双方にプラスになる可能性があると米当局者は話している。米企業にとって追い風なのは、新たな参入のチャンスがもたらされるほか、この新しい取り組みが、(米国が後れをとっている)ハードウエアよりも(マイクロソフトやIBMのような米企業が役に立てる可能性のある)ソフトウエアに依存していることだ。
「セキュリティーを高め、単一の外国ベンダーへの依存度を減らし、コストを下げ、機器市場を米国が得意とするソフトウエアに移行させることができるかもしれない」。米連邦通信委員会(FCC)のジェシカ・ローゼンウォーセル委員長代理は3月にこう述べている。
米企業が実際に5G機器市場で主要メーカーになれば、通信機器の国際規格の設定でも大きな役割を果たせる。この分野では中国が躍進しているが、米当局は米国や民主主義の同盟国の企業が無線規格を策定することを望んでいる。その方が、安全性が高まり、ハッキングされにくくなると考えているためだ。
ジョー・バイデン米大統領と菅義偉首相は先月、「イノベーションを育み、信頼できるベンダーと多様な市場を促進する」ことにより、日米が協力してオープンな5Gネットワークを推進することで合意したとホワイトハウスは明らかにした。米議会は今年、そのようなオープンスタンダード機器の国内使用を支援するため、商務省に助成金のための基金を設立する法律を制定した。この法案を支持する超党派の議員団は、2022年度にこの基金に7億5000万ドルを割り当てることを要求した。
英国では、英無線通信事業者のファーウェイ機器からの移行を支援する政府が任命したタスクフォースが、2020年代半ばまでに新しい機器メーカーまたはオープンスタンダードソフトウエアを使用しているメーカーが同国の無線インフラの25%を占めるようにすることを提言。そのような機器を購入する無線通信事業者や英国内に研究施設を設置するサプライヤーに、政府が奨励金を与えることを勧めた。
新規参入組はオープンスタンダードに注力
エアスパン・ネットワークスやアルティオスター、マベニール、JMA、パラレル・ワイヤレスなどの比較的小規模な米通信機器会社は、オープンソフトウエアを使用した5G機器に注力している。エリクソンやノキアも、オープンスタンダードソフトウエアの一部使用に移行している。
それら新参組は、いくつかの大手通信事業者と契約を結んでいる。AT&Tはオープンスタンダード機器をテスト中で、徐々に導入する計画だ。また、ディッシュ・ネットワークは自社のネットワーク全体でオープンスタンダードのインフラを利用すると述べている。
デローログループの予測では、新参組と新市場に移行する既存企業の双方が使用するオープンスタンダード機器は、2025年までに市場の10%を占める見通しだ。
モトローラやシスコシステムズで幹部を務め、現在はオープンスタンダードの5G機器用ソフトウエアを提供するアルティオスターに勤務するティエリー・モーピレ氏は「通信事業者は『選択肢が必要だ、強力なエコシステムが必要だ』と言っている」とした上で、「競い合う企業は数社に減っている」と述べた。
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購読しかし、オープンスタンダード機器はまだ初期段階にあり、それが主要プレーヤーになるかどうかを判断するのは時期尚早だ。通信事業者によると、オープンスタンダード機器のテストでは欠点も明らかになっている。新しい技術は、従来のシステムよりもエネルギー効率が悪い場合がある。また、オープンスタンダード機器は地方では使用可能だが、人口密度の高い都市部ではまだ性能が十分ではない。
しかし通信事業者は、3〜4年後にはオープンスタンダード機器がファーウェイ、エリクソン、ノキアの機器と同等になるとみている。
仏通信大手オランジュのミシェル・トラビア最高技術責任者(CTO)は、「当社にとって、ベンダーシステムの競争を維持することは非常に重要だ」とし、「結果的に2社しか残っていないような状況にするわけにはいかない」と述べた。