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「シャブの売人は普通のばあさんが多い」ライターが西成でみた薬物取引のリアル

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日本最大のドヤ街、大阪市西成区あいりん地区には多くの覚せい剤中毒者がいる。そこに住み、『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)を出版した國友公司氏は、「ある覚せい剤中毒者と仲良くなったが、彼は一貫して『覚せい剤だけは絶対にやるな』と言っていた」という――。

■朝6時からそわそわしっぱなしの青山さんという男

大学を7年かけて卒業するも、就職できずに無職となった当時25歳の私が流れ着いたのは、日本最大のドヤ街、大阪市西成区あいりん地区だった。取材のためであるならば、覚せい剤に手を出すことも辞さない――そんなことを考えていた当時の若い私であるが、この街で出会った青山という男との出会いにより、その考えを改めることになった。

青山さんとは、西成の飯場で出会った。飯場の労働者たちは早朝起床し、バンに乗り込み、尼崎にある解体現場へと向かう。

「俺そっちのバンに乗りますわ。あっち、中が狭いんですわ。いや後ろの席でええ、タイヤの上でええ。坂本さん(仲間の労働者)と國やんがいる方に乗りますわ。ええでしょ? 問題ないやろ?」

昨日から私のことを“國やん”と呼ぶようになった青山さんの様子がおかしい。何がなんでもそっちのバンに、といった様子で乗り込んできた。

「おお、ええなこのタイヤ! なあ國やん座りやすいよな。坂本さん今日も昨日と同じ仕事やろ? あの現場ええですわ、俺ずっとここがええですわ」

朝6時のテンションではない。そわそわと落ち着きがなく、コンビニ袋をしきりにガサガサ鳴らしている。これがシャブ中ってやつ……? そう考えていると坂本さんが「どうやこれがシャブ中や」といった顔で私のことをニヤニヤと見ている。現場でも青山さんの“居場所探し”は続いた。

■覚せい剤で前科9犯の青山さんは、居場所を探そうと懸命にしゃべった

「國やんちょっとコンビニ行かへん? なあ一緒に行こうや。肉まん食いたいんや。國やん明日で終わりやったけ? 前借りしてないっちゅうことは6万くらい入るってことやな。ちょっとトイレ行ってくるからそこで待っといてや」

新人の私なら気を遣わずに話し相手になれるということもあるだろうが、雇われ先のS建設でも力のある坂本さんにかわいがられている私と仲良くしておけば、自分の居場所が確保できる、といったところだろう。常に頭の中に不安がグルグルと巡り、それを払拭(ふっしょく)するために無理にでも喋(しゃべ)り続けているという感じだ。

「青山アイツ大丈夫か?」と坂本さんが川端さんと大口さんに聞いている。青山さんと2人は以前、別の飯場で一緒に働いていたことがあるらしい。

「青山はシャブで最近まで刑務所入っとったで。前科9犯やて、今でもやっとるんちゃうか」

そういう大口さんも現在進行形でどっぷりとシャブに漬かっている前科者だ。もはやシャブ未経験の人間を探す方が難しい。シャブを打ったことのない自分がなんだかとても幼いように思えてくる。「川端はな、昔中央郵便局を襲撃して一億七千万を奪ったんやで。銀行じゃなく郵便局っちゅうところがプロやろ。ウヒヒ」というのは坂本さんのジョークだとしても、郵便局くらい襲っていてもなんら不思議ではない。

飯場は市橋達也のように指名手配犯が潜伏するような場所なのだから、前科者なんかウジャウジャいるのだ。S建設にもよく警察が踏み込んでくることがあるらしい。そして時には逮捕状が出ているやつなんかも混じっており、そのままパクられてしまうらしい。

■シャブ中は「物事の優先順位が全部シャブ」

「青山がまた捕まるのも、もう時間の問題やろ。あそこまでいくとな、物事の優先順位が全部シャブになってしまうんや。もう頭の中シャブだらけやで。見てれば分かる」と坂本さんが確信を持った顔でうなずく。あんなただの白い粉に人生を翻弄(ほんろう)されて刑務所に9回も入り、いまだに取りつかれている青山さんがとてもみじめに思えてきた。

飯場を出た私は、ドヤの清掃員として働きながら西成の街を毎日のようにうろついていた。南海電車の高架下では、土日の朝になると闇市が開かれる。無修正のAVや、違法で売られている睡眠薬や向精神薬を手に取り眺めていると、遠くで見慣れた顔が「國やん!」と呼んでいる。シャブ中の青山さんだ。

「國やん元気か、坂本さんに聞いたんやけどお前本書くんやってなぁ。なあいつ発売なん? 俺にも送ってくれや。あと西成の本書くっちゅうんなら、このかっちゃんを忘れてはいかん。あ、俺のこと今日からかっちゃんって呼んでくれな。なあ國やん」

20代前半で京都の暴力団に入り、西成でもB会に属した青山さん改めかっちゃん。B会はシャブの密売をシノギの中心としており、かっちゃんもかつてはシャブの売人としてこの街で生きてきた。しかし刑務所に入ること9回、地元では周りの目もありドカタなどできず、S建設にやってきたというわけ。

■飲み屋で老婆がポケットから取り出したものは…

「んで、兄ちゃん何が知りたい?」

「シャブの売人をこの目で見てみたいです。それらしき人はいるけどブツを見たことがない」

「そんなやつその辺にいっぱいおるで。そしたら俺のお得意先を少し紹介したるからちょいと付いてきいや。ここだけの話、今でも少しだけやってんねん。毎日じゃないで、たまにだけやで」

そう言うとかっちゃんは四角公園の近くにある居酒屋オンドルへと向かったのだった。

「おお、姉さん。ハンさんは?」

「おお久しぶりやなあ」

ハンさんというのは以前かっちゃんが刑務所で一緒だった人物らしい。姉さんはその知り合いで、オンドルの常連客である。

「いま持っとるの? ネタ」

「あるよ」

「シャブの売人は普通のばあさんが多い」ライターが西成でみた薬物取引のリアル

そう言うと姉さんはポケットからスッと、白い粉が入ったパケをチラリと見せた。

「シャブの売人ってのはな、男よりもああいう普通のばあさんが多いねん。警察にとってはあんなババア盲点やし、感情消していろいろできるからな、捕まりにくいねん。なによりあのババアの肝が据わっとる」

■シャブ屋はどのように覚せい剤を売っているのか

動物園前駅を出て阪堺線の線路を渡ると、左手にあいりん地区の入り口がある。ローソンの横を通り、しばらく行ったところに何年か前につぶれた店舗が、シャッターが下りたままになっている。その店の前には3人の男がローテーションで常に座っている(2021年現在はいない)。携帯を見たり漫画を読んだり、本当にただ座り続けているだけ。しかしこのグループはこの一帯では誰もが知るシャブ屋である。

「あの店の前にいるシャブ屋おるやろ。俺昔あいつと一緒にシャブ捌いとったんや。ちょっと聞いときや」

かっちゃんが少し周りを気にしながら売人に近づいていく。今いるのは柄入りのスエットを着ている40代くらいの角刈りの男。もう一人は肥満体形の歯の抜けた男で、あとは釣り用のチョッキを着た70代くらいの男だ。

「兄さん、久しぶりやな。覚えてまっか?」

「おう」

「売れてまっか?」

「いや」

「オレも金があればシャブいきたいけどなあ」

「……」

角刈り男は買う気がないなら早くどこかへ消えろといった様子だ。かっちゃんの後ろにいる私のこともチラチラと見ている。角刈り男のように街に立っている「立ちんぼ」がネタを持ち歩くようなことはない(オンドルのババアは例外)。「立ちんぼ」に告げられた場所で、また別の人間と待ち合わせをし、そこで受け取ることが多いという。

■話が噛み合わないのがシャブ中の特徴

シャブ中であるかっちゃんとはとにかく話が噛み合わない。こちらの質問の答えにたどり着くまでに、少し根気がいる。

「待ち合わせするところってどんな場所なんですか?」

「待ち合わせ場所でシャブ売っているやつは立ちんぼと違って本腰入れてやっとる。まあ立ちんぼなんてやろうと思ったら兄ちゃんでもできる仕事や」

「シャブを受け取るところってどんなところですか?」

「中にはオンドルのババアみたいに持ち歩いてるやつもおるけどな」

「青山さん、待ち合わせ場所はどこですか?」

「場所はこれといって決まってるわけやないで。その辺のドヤの一室ってこともある。臨機応変や」

他にも「あの角の草むらに隠しておくので後でこっそり回収しておけ」というパターンもあるそうだが、かっちゃんは「今は大体室内がメインや」と言うので、かっちゃん自身は、現在はそういった方法で買っているということだろう。

「初めて青山さんがやったのはいつですか」

「しまいには死んでまうねん」

「青山さんが……」

「いっぱい見てきたで。シャブ打って人生終わってまう人」

「初めて打ったのは……」

「シャブ打つやつは根性あらへん。ホンマに根性あるやつはヤクザでもシャブなんてやらへんねん」

「初めて打ったのはいつだったんですか?」

「俺は中学のときからやっとる」

「いま中学の時に戻っても、もう一回やりますか?」

「やらへん。やらへんよ。シャブ売るより真面目に働いた方がよっぽど男らしいやん。思わんか? なんや、居場所なんてあったもんやない。みじめや。ホンマに根性ある人間はそんなことしいへん。分かるやろ? お前があんな白い粉で人生壊すような愚かな人間じゃないんは、兄ちゃん自分でも分かっとるやろ」

■ドポン中であるかっちゃんからの言葉

かっちゃんの言う通りだ。私の周りには「裏モノ系のライターなら覚せい剤くらい経験しておかないとダメだよ」と責任感のかけらもないことを言う人間が何人かいるが、おそらくその人たちは本当の怖さというものをまだ知らないのだろう。ここまで漬かってしまった自分は一生止めることなどできないと悟っているかっちゃんだからこそ、言える言葉がある。

「そやけど、兄ちゃんも若いから頑張れよ。俺はヤクザもやったし覚せい剤もやったし、色んな経験してきた。でもこれだけは言うとく。シャブやったらホンマ人間終わってまうで。兄ちゃんは日銭をつかんで、それをコツコツためて、その金を、頭を使って増やすんや。兄ちゃんは頭生かして、捕まらんようにうまいこと金もうけせえ。こんなな、S建設にいるようなやつらになったらあかんでホンマ。もちろん俺も含めての話やで。これだけは言うとく、覚せい剤だけは手出したらあかんで。ドポン中(シャブ中のこと)の本人が言っとるんや。間違いないやろ?」

かっちゃんは覚せい剤の影響か、予定の確認の電話を死ぬほどかけてくる。予定の日が来るまで毎日のように電話をかけてきたが、ある日を境にパタリと連絡が途絶えた。何度もかっちゃんに電話をするも繋がらない。飯場からも突然いなくなったらしい。坂本さんいわく、「10回目のお勤めに行ったんやろ」とのことだ。口を開けば覚せい剤の話しかしないかっちゃんであったが、今では「あいつもドポン中や!」というかっちゃんの口癖が懐かしく思える。

「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」

覚せい剤を表す際によく聞くキャッチコピーであるが、かっちゃんは少なくとも私の前ではひとりの人間であった。人間をやめてなどいなかった。しかし、かっちゃんは覚せい剤に人生を奪われた。かっちゃんからの言葉を胸に、私は覚せい剤に手を出すことなく西成を後にした。そして今後も手を出すことはないと、もう二度と会うことはないであろうかっちゃんに誓う。

----------國友 公司(くにとも・こうじ)ライター1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて5万部を超えるロングセラーとなっている。----------

(ライター 國友 公司)